メディカルKit Rのデメリットが納得できない人は必見!なぜ得に感じるのか?
東京海上日動あんしん生命が募集・販売する医療保険に「メディカルKit R(メディカルキットR)」がある。この保険の最大の特徴は一定の年齢(40歳までの契約なら60歳か70歳)まで健康なら、支払った保険料が健康還付給付金として全額戻ってくる点にある。それも一定の年齢までに入院・手術をして入院給付金を受け取っても、その分を差し引いた健康還付給付金が戻ってくる。一読しただけではタダで医療保障が受けられる感覚になる。
しかし、医療保険の選び方(掛け捨てか貯蓄型か保険料還付型か?)でも既述したように、計算してみると実は得ではない。それは60歳以降は割高で保障の薄いメディカルKit Rを継続する必要があるからだ。病気になりやすい65歳以降で、保障が薄いメディカルKit Rを継続しなければいけない点が最大のデメリットといえる。ただ、計算結果を理解しても何か腑に落ちない人、理屈は分かるが改めて保険の説明を見ると得に感じる人は多いだろう。また、自分は納得しても人に伝えるのは難しい面があり、計算結果なしで口頭で説得するのは少し厄介だ。
そこでメディカルKit Rで利用されている心理トリックを明らかにし、妙な違和感の正体が何なのかを示していく。違和感の正体が判明すれば、少なからずデメリットの納得感は増すことだろう。そして、この違和感の正体を知ればメディカルkit Rと類似の保険が出てきた時でも、その魅力の呪縛を自ら破ることができるだろう。
2つの選択肢
論より証拠で、まずは下の2つの心理テストをしてみて欲しい。
Q1. 大富豪から2つの選択肢を提示された。どちらかの選択肢を選んでください
①無条件で500万円がもらえる
②コインを投げて表なら1,000万円がもらえるが、裏なら何ももらえない
Q2. あなたは友人から1万円の借金をしている。どちらかの選択肢を選んでください
①無条件で借金額が半減し、借金が5,000円残る
②コインを投げて表なら借金額が0円にしてくれるが、裏なら借金は1万円のまま
あなたはQ1でどちらを選んだだろうか?普通は①を選ぶだろう。なぜなら②を選んでコインで裏が出たら、1,000万円どころか500万円も受け取れないからだ。コインで裏が出たなら500万円すら手に入らないため、損した気分にすらなるだろう。
しかし、どちらの選択肢も期待値でいえば500万円で同額だ。期待値とは「確率を考慮した平均」「起こりうる値の平均値」とも言い換えられる。よく宝くじ・ギャンブルでいくら儲かるかを判断する時に用いられる。前述の心理テストでの計算式は簡単で、①は500万円×100%で500万円、②は1,000万円×50%+0万円×50%で500万円となる。どちらの選択肢も期待できる利益は500万円ということだ。
どちらも期待できる利益は500万円なのに、なぜ人は①の選択肢を選んでしまうのか?それは人間は利益が目の前にあると、利益が手に入らないリスクの回避を優先してしまうからだ。前述の「(手に入るはずの)500万円すら手に入らない」が誇張されて、それを回避しようとしてしまうのだ。これはノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーが提唱した「プロスペクト理論」で証明されている。
一方でQ2では、多くの人が②を選んでコインを投げただろう。「1万円が5,000円になっても小額だから、一発逆転で借金をチャラにしよう」と考えたのではないだろうか。しかし、こちらも期待値は同額で、どちらの選択肢も期待できる利益(返済額)は5,000円となる。②を選ぶのはプロスペクト理論によれば、人間は損失が目の前にあると損失そのものを回避しようとするからだ。前述の「借金をチャラにしよう」の部分が誇張されてしまうのだ。この損失を回避する本能がメディカルKit Rでは大きく作用している。
プロスペクト理論とメディカルKit R
プロスペクト理論を元にメディカルKit Rを見てみよう。多くの人は基本的に、健康なら医療保険の保険料は支払った分だけ損になると思っている。そのような人にとってメディカルKit Rの「健康なら支払った保険料が戻ってくる」という点は、強力な損失回避の誘惑となってくる。無駄(損失)になるかもしれない保険料が無駄(損失)にならない誘惑、損失になるはずの金銭がプラマイゼロになる誘惑ともいえる。
この損失回避の誘惑は非常に強力だ。ただ、実際にはメディカルKit Rはプラマイゼロになった後の条件も付けてくる。この保険が出す条件は「100万円の商品を毎年10万円ずつ10年の分割で買いなさい。支払いが終われば褒美として100万円をあげよう。ただし、その後は死ぬまで5万円の価値しかない商品を10万円で買いなさい」というものだ。褒美を受け取るまではプラマイゼロだが、その後は死ぬまで割高な商品を買うことになる。
また、メディカルKit Rを貯蓄型の医療保険と勘違いしていると、Q1の「利益が手に入らないリスクの回避」の側面も出てくる。特に他社の保険と比較した場合に「メディカルKit Rなら数十年後に100万円が手に入るが、他社の保険では受け取れないかも」と考えてしまうのだ。他社の保険でメディカルKit Rと同じ保険料なら、入院・手術で100万円以上の給付金が受け取れる可能性がある。これを前述の心理テストに当てはめれば、確実に100万円が受け取れるメディカルKit Rと、100万円以上の給付金が受け取れるかもしれない他社の保険、と考えることになる。その結果としてメディカルKit Rを選んでしまうのだ。この考えは前提がそもそも間違えているのだが、当人は気づきにくいため注意が必要だ。
さらにプロスペクト理論において、この保険は絶妙な金額である点も見逃せない。プロスペクト理論における意思決定の基準は価値関数と確率加重関数からなるが、どちらも綺麗な正比例とはならない。価値関数では金額の大小、確率加重関数では確率の大小により、リスクを追求するか回避するか人の行動が異なることを意味する。つまり同じ確率でも価値により人は異なる意思決定をすることを示唆している。例えば前述のQ2も金額が異なると受ける印象が異なる。
Q2’. あなたは4,000万円の住宅ローンを返済している。どちらかの選択肢を選んでください
①無条件でローン残が半減し、残り2,000万円になる
②コインを投げて表ならローン残は0円になるが、裏なら4,000万円のまま。
この場合は1万円の借金よりも金額がはるかに大きいため、①を選ぶ人も相当に増えてくる。これは同じ50%でも1万円の時よりも、借金がチャラになる確率を過小評価するからだ。1万円の借金なら小額なためコインを簡単に投げられるが、4,000万円だと投げるには躊躇してしまう。この境界線がプロスペクト理論では重要になってくる。
その点、メディカルKit Rは月額の保険料が4~5,000円ほどだが、20年支払えば合計100万円を超えてくる。ご丁寧に保険料の見積もり画面でも合計額が出てくるため、合計額も意識せざるを得ない。この100万円という額は大き過ぎず思考停止にもならない。意図的なのか偶然なのかは定かではないが、絶妙な金額であるのは間違いない。
以上のように、メディカルKit Rが得に感じるのは正常(本能的な判断)であり、購入・加入したくなるのは何ら不思議ではない。現に販売数・契約数は好調に増加しており、本能的な判断を覆せない人が多いことが分かる。この本能を克服するのは簡単なことではない。それも保険は投資・ギャンブルなどと異なり期待値では計算しにくい面がある。
そのため類似の保険が出てきた時には、一度立ち止まって考えることを勧めたい。その間に「なぜ?」と思う点が出てくるはずだからだ。この保険であれば「実質は保障がタダなんてあり得る?」「どうやって保険会社は儲けてる?」「なぜ他の保険会社は似た商品で追随しないのだろう?」・・・といった具合だ。そこから自分で計算したり検索すれば仕組みが分かるだろう。
最後に述べておきたいのは、メディカルKit Rは決して欠陥商品ではない点だ。欠陥商品ではないが、絶対に得だと思い込むことは止めた方が良い。実際は損するか得するかは運次第で、確実に得するとも損するとも言い切れないのだ。このページを通して、1人でも多くの人が本能に反して理性的な行動が取れるようになれば幸いだ。